イラク駐留米軍は、去年5月のイラク戦争終結以降で最大規模となる中部ファルージャ総攻撃に踏み切った。大統領選が終わり、ブッシュ氏が再選を決めた直後であることから、おそらく既定の計画なのだろう。来年1月に予定されているイラク総選挙を前にして、米国も焦りだしてきたのだろうか。
だが、いくら「反テロリズム」「テロに屈しない」といって、最新兵器で「ならず者」を押さえつけても、問題は解決しないばかりか、それは「反テロ」という名の「テロ」と呼ばれても仕方がない。テロの暴力に暴力で応えることは、かえってテロを補完することにしかならないのだ。Radical Imaginationの高見氏はこう述べている。
「テロリストの掃討」を標榜してこのような暴虐をいくら繰り返してもイラクの人々の心は絶対につかめない。社会的・政治的・文化的・歴史的そして大局でみて軍事的にも敗北するだろう。
イラクばかりではない。世界のあちらこちらで惹起しているさまざまな紛争の根っこには、これまでの西洋中心主義的で経済効率優先の開発政策と、画一的な文化・経済システムを押しつけようとするグローバリズムにあるのではないか。こうした観点に立つと、国連開発計画(UNDP)が今年7月に発表した『人間開発報告2004』(Human Development Report 2004)は多くの示唆に富んでいる。
「今日の多様な世界における文化的自由」(Cultural liberty in today's diverse world)というサブタイトルの『人間開発報告2004』は、従来の開発は5つの神話に侵されているという。
その神話とは、(1)エスニック・アイデンティティは国家への愛着と競合する、(2)エスニック・グループは暴力的衝突を起こしやすい、(3)文化的自由は伝統的な慣習を要求する、(4)多民族国家は発展しない、(5)一部の文化のみが他より発展しやすく、本質的に民主的である...(筆者試訳)。
こうした西欧中心主義的な先進国の欺瞞的な考え方が、これまでの開発援助の背景にあったのだ。報告書にもあるように現在の地球は「5000もの民族が200の国家に押し込められている」のであって、何億もの人々が差別され続け、一日1ドル以下の生活水準に置かれている。こうした状況を放置すれば、第2、第3の9・11が起きたっておかしくはない。
国際研修協力機構常務理事の上野景文氏(日経新聞、04年11月9日、29面【経済教室】)によれば、今年度の開発報告がかなりリベラルな内容になっているのは「開発や近代化の問題を経済学の枠内で論じることの限界をエコノミストが認め始めた」ことの現われなのだという。今頃になって経済学者たちも、経済活動もまた文化の一部に過ぎないということに気づいたというのだろうか?
多様な文化が平和共存できる世界は、そう簡単にはやって来ないのかもしれない。だが、それは誰もが望み、目標とすべき理想であるはずだ。『人間開発報告2004』が示す声に、エコノミストばかりではなく、世界中の政治指導者にも耳を傾けてもらいたいものだ。

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