080120_hikage01.jpg  ニューヨーク在住の画家・日影眩氏から、お年賀と新年早々の展覧会の案内がメールで届きました。日影さんには、数年前のニューヨーク旅行の時に、家内ともども大変お世話になったのです。その時の様子は、Hata3が書いた日影さんの著書『360°のニューヨーク:アート・ムーブメント1994-2000』(ギャラリーステーション刊、2000年)の書評を読んでみてください。

『360°のニューヨーク:アート・ムーブメント1994-2000』:Amazonで購入。

 日影さんと言えば、今から20年以上も前に活躍した、知る人ぞ知る「ローアングル・イラスト」の元祖的存在なのです。今やローアングル的な表現は、「アクション・カメラ術 (1981年)」(古いなぁ〜)に影響されたカメラ小僧たちの盗撮から、ロリコンマンガ、アニメやドラマ、広告表現まで、あらゆるビジュアル表現における常套手段になっているけれど、20数年前にはかなり珍しかったのです。ほとんどの人が気がついていないと思うのだけど......。

 そんな日影さんが、相変わらずローアングルで「9.11」を体験したアメリカ人の不安をスカーッと抜けるような色彩で描いて、ニューヨークからのリターンです。お時間があれば、お立ち寄りください。


日影眩 リターンズ展(2008年1月22日(火)〜2月1日(金))
午前11時〜午後7時(1月28日(金)は休廊)
会場: ギャラリーロイヤルサロンギンザ 地図は続きで...
※作家のステートメントを掲載しています。日影さんについて詳しく知りたい方は、〈続き〉でどうぞ...。

作家のHP:日影眩 in NY


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ギャラリーロイヤルサロンギンザ Map:

"東京都中央区銀座7-8-10"


作家ステートメント「フェティッシュ」について   日影 眩

  ゼロ次元加藤好弘氏の文(注:案内状掲載の文)が、80年代の私を知らない人にとっては理解できないでしょうから、解説させていただきます。

  私は70年代末から80年代初めにかけて、東京スポーツ新聞に若い女性を下から見上げた構図のイラストレーションを140回ほど連載しました。1981年にそのイラストのアイデアと構図をそっくり真似た「アクションカメラ術」という写真集が出て、おそらく盗撮への関心から100万部以上を売る大ベストセラーとなり、他社も競って同種の雑誌やムックを刊行して、いわゆる”ローアングル”ブームが起きます。

080120_hikage02.jpg  私が1983年に明るいポップ風漫画スタイルの絵で初絵画展をしたとき、当時140万部を発行して絶頂期にあった写真週刊誌フォーカス(新潮社)が、私の絵が一連の社会的現象をもたらしたとして”これぞ元祖ローアングル”と題してカラー見開きで報道しました。私はその個展で依頼されてコミックモーニング誌(講談社)に「パンツコミック」を8ヶ月、週刊漫画サンデー誌(実業之日本社)に「仰天アングル」を18ヶ月、下から”ギャルのスカートの中のフェティッシュ”を見上げる構図に徹したイラストを連載しました。それは女性に対する当時の青年の性的ピーターパン症候群を顕在化させ、それまで目の高さと俯瞰に固定していた日本のサブカルチャーの視点にローアングルを加えダイナミックにする役割を果たします。

  昨年9月に個展をしたとき、ある広告代理店に勤めているコレクター氏が「ローアングルは広告の常套手段だから、めずらしくない」といったということです。私はニューヨークのテレビで「ポケモン」を見て、東京で「エバンゲリオン」を見ましたが、日本のアニメや漫画においてもローアングルは常套手段になっています。けれど昔からそうだったのではないのです。昨年亡くなった映画監督でよく知られた「ウルトラマン」の演出家でもあった実相寺昭雄氏が、70年代初めに私の絵を初めて見たとき「そのカメラポジションの新しさに仰天してしまった」と書き残しています。昔は今のアメリカと同様にローアングルはまだめずらしいものだったのです。けれど今、そのアメリカで「パンツ覗き」は女性ファッション誌や広告などでそのインモラル性をしゃれたアトラクションとして頻繁に使われ始めています。

  私は1987年以降、街を行く人々を描いた普通のローアングルの絵で個展を続けて話題になりましたが、パンチラ写真にとどまらず、漫画やアニメなど日本のサブカルチャーから、さらには広告からハイアートにまでローアングル(視覚ゼロ次元化)が伝播したについては、おそらく若い女性の下着という危ないフェティッシュ、つまりすぐれて芸術的な主題にあずかって大いに力があったと推測します。もちろん日本の江戸時代からの伝統的カルチャーがその母体となったことも否めないでしょう。それにまたその普遍化は小児のような視点から見上げるという点で、戦後日本社会の病理学的な現象や、グローバルな文明史的情況を逆照射しているかも知れません。

  というわけで、私が1985年以降、下着の見える絵を描いていないにもかかわらず、加藤氏が、それを私の原点として、芸術が持つ毒性を明かすものとして、あえて挑発的で隠喩に満ちた詩的な文を書いてくれたわけです。彼はいいました。「時代は25年過ぎて日影がやったところまでやっと来た」と。以て瞑すべしです。実際彼は「戦って死ね!」といいましたが。

  日本は言うに及ばず、今日アートはほとんど社会的影響力を失って、単なる財産の代替物となっているでしょう。けれどアートがアートとして尊敬を得てきたのは、それが「未来の先触れ」(ハイデッガー)であったからではないでしょうか。

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このページは、Hata3が2008年1月20日 20:06に書いたブログ記事です。

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