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「週刊文春出版禁止」事件について考える(1)

(週刊文春、2004年4月1日号/ 週刊新潮、2004年4月1日号)

文春表紙 田中真紀子元外相の長女に関する記事を掲載した「週刊文春」に対して、東京地裁が出版差し止めの仮処分命令を下した事件には、非常に考えさせられた。

戦後、出版差し止めという事態は幾度かあったが、今回の70万部以上も発行されている雑誌が出版禁止という事件は極めて異例である。さらに今回の事件は、現下の情報社会化という流れのなかで、出版社や新聞社、テレビ・ラジオ局といった従来型のマスコミばかりではなく、インターネットを利用して情報を発信している個人にとっても重要な意味をもつ事件なのではないだろうか。

ぼく自身は「週刊文春」の当該記事を読んでいないのだが、テレビや新聞といった大手メディアがほぼ沈黙しているなかで、「週刊文春」自身が多くの識者に寄稿を求めた特集(4月1日号)を出している。また「週刊新潮」(4月1日号)では「『闘う時評』拡大版:『プライバシー』が民主主義を滅ぼす:『週刊文春』差し止めで考えたこと」というタイトルで、評論家の福田和也氏が論評を寄せている。

この事件は一部のマスコミ関係者ばかりではなく、国民全体に関わる重要な問題であるので、これらこの事件に関する識者の意見を読みながら、この事件について考えてみたい。

事件の本質:言論統制の時代に逆戻りか

まず、ぼくの感想から先に言おう。この事件の本質は“たった一人の裁判官によって、国民の知る権利、判断する権利が踏みにじられた”ということに尽きると思う。「この点こそが重大事であって、あとは枝葉末節にすぎない」と明快に言い切る福田和也氏(週刊新潮、p.174)とぼくは同意見であり、民主主義の根幹を揺るがしかねない大事件であると考えている。

そもそも民主主義とは、国民のあいだに多様で異質な意見、考え方、見方を許容する制度のはずである。それだから、すべての国民に自らの読む権利、知る権利、判断する権利を保障するために、出版物の事前検閲は禁止(憲法第21条)されているのだ。わが国戦前の自由な言論が弾圧されていた社会状況やナチス・ドイツ、スターリン時代の旧ソ連、さらにはお隣の北朝鮮などの状況を考えてみよう。たった一人の裁判官の、しかも短時間での判断で、検閲に等しいことが行なわれるという事態は、まったく民主主義的でないことは明らかだ。

それでは、個人の人権やプライバシーは守られなくても良いのか? そうではない。もし、報道や言論によって明白なプライバシーや人権への侵害があった場合には、事後的に損害を賠償するという手だてが残されているではないか。東京地裁の判事は、そのように原告側を導いていくべきだった。それにも関わらず、国民の目から情報を封殺せんとする東京地裁の判断は事前検閲に等しく、まったく無謀だと言わざるをえない。

民主主義社会とは、低俗でクダラナイものも高尚でお上品なものも含めてさまざまな報道や言論が自由に飛び交い、そのなかから国民一人ひとりが自分で判断を下すことを保障する社会である。確かに今の世の中には、目をそむけたくなるような下品で、クダラナイ出版物が数多く出回っている。しかし、評論家の福田和也氏も言うように「最終的には読者大衆の常識による淘汰作用を信頼しないのならば、そもそも民主主義という制度は、成り立たない」(福田和也「週刊新潮」pp.174-175)のである。

その意味で、民主主義社会とは決して美しく安全なユートピアではありえないかもしれない。けれどもそれは、人類が考え方の異なる人々との共存のために、長い弾圧と闘争の歴史のなかで練り上げてきた、最低限のルールなのだ。そこでは、ぼくたち国民一人ひとりの良識と寛容さが求められている。

今回の出版の事前差し止めは、司法当局による一種の検閲といえるもので、憲法違反の恐れがある。今後、権力を握る側は今回の判例をてこにして、従来型のマスコミばかりではなく、インターネット上の掲示板・個人サイト・ブログなどにおいても言論統制が強化されていくのではないかという疑念は拭えない。なぜなら、コンピュータ・ベースの情報通信においてこそ、憲法上の言論・出版の自由とその他の諸権利とが対立する場面が頻繁に起ってくることが予想され、また実際に起ってきたからである。

まさかぼくの生きているあいだに、このような事態が惹起してくるとは思ってもみなかったが、日本の識者たちはこの問題についてどう考えているのか見ていくことにしよう。ぼくにとっては、田中真紀子一族なんぞよりそちらの方が断然重要だ。たとえ素人で、インターネットの掲示板やブログに日記を書いてる程度であっても、「書き手」であり、国民である限り、ぼくたちにとって極めて重要な問題であることを認識しなければいけないのだから。

(© 2004/03/26 Hata)

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