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『バカの壁』

(養老孟司、新潮新書、2003年)

『バカの壁』 昨年、大いに話題になった本書をぼくは長いこと読む気になれなかった。理由の第一は、話題になっているものや一番有名なものなど大っきらいな、ひねくれたぼくの性格による。第2の理由は『バカの壁』というタイトルだ。

著者の養老孟司先生はかつて『唯脳論』などを書かれた東大名誉教授だが、こんな人の感情を逆撫でるようなタイトルで出版業界のセンセーショナリズムに追従しているなんて学者としてどうかね、と感じていたからなのだ。書店に行くと「バカの壁を超える○○」などと印刷された他社の帯広告なんかも見かけるから、きっと随分売れたんだろうと思う。どうれ、そろそろ一時の熱気も醒めてきたようだし、ここらで養老先生が何を書いているのか読んでやろうじゃないの、という次第。

で、読み始めると、これは養老先生がご自分で書かれた本ではなくて、先生の話を編集者が文章化したものだったのだ。対談集でも講演集でもそうだけど、往々にして話があっちへ行ったりこっちへ行ったりで、結局何を言われているのかさっぱりわからない、というものが多い。口述が元になっているから、確かにわかりやすい言葉で書かれているんだけど、話題も用語も定義されずに進んでいくから核心が見えてこない。

本書も同様で、きっとぼくが「バカ」だからわからないんだと思うのだが、第一章の初っぱなから、もうわからない。そこで養老先生は、「『話してもわからない』ということを大学で痛感した例があります」(p.13、強調引用者)と言われ、イギリスBBC放送が制作した出産に関する番組ビデオを学生に見せたのだそうだ。そうすると男子と女子では異なった反応があったという。

先生は、男子学生について「自分が知りたくないことについては自主的に情報を遮断してしまっている。ここに壁が存在しています。これも一種の『バカの壁』です」(p.14)と結論されている。おっしゃりたいことは察せられるのだけれど、この場合は「先生が話された」のではなくて「ビデオを見せた」わけだから、「話してもわからない」ではなく「見せてもわからない」を痛感されたのではないでしょうか。

つまらない言葉尻を掴まえて、イチャモンをつけていると言わないでいただきたい。ぼくは、もともとどもりの気があって、偉い先生はきちんと言葉を使っていると思っていたものだから、こういう言葉の使われ方は許せない。そもそも、日本人であるぼくたちは、言葉を大切に扱っているのだろうか、なんて考えてしまったりもする。

もともと他人を「バカ、バカ」と連発するような人物は、たとえ東大名誉教授であろうとも尊敬いたしかねるのだが、書評のために我慢して読んでいく。そうすると、どうやら養老先生は近代なる時代、あるいは日本の現状に苛立っていらっしゃるらしいのだ。あちらこちらで、現代日本の典型的な思い込みを専門の解剖学の知識を援用されながら批判していく。

それはそれで小気味よいのだが、やっぱり「バカ」というコトバにはひっかかる。養老先生、もう少し上品なコトバは見つからなかったのですか。で、結局「バカの壁」というのは、

「バカの壁というのは、ある種、一元論に起因するという面があるわけです。バカにとっては、壁の内側だけが世界で、向こう側が見えない。向こう側が存在しているということすらわかっていなかったりする」(p.194)

ここで言われる〈一元論〉とは、「自分は変わらない」という根拠のない思い込みのことだという。で結局、結論は「人間であればこうであろう?」という「常識」が普遍的原理になり得ると言われています。でも、それをどうやって話が通じない「バカの壁」の人たちに話していくというのだろう。結局、養老先生は素朴な心脳同一説に立つことで、自らが「壁」をこしらえてしまっているのではないのかな?

それにしても本書が売れたということは、「自分はバカではない」と思い込みたい読者が大勢いたということだろうか。ぼくは「バカ」でも全然かまわないんだけどサ。

(© 2004/03/29 Hata)

■書誌データ■

  • 表 題:『バカの壁』新潮新書003
  • 発行日:2003年4月10日 初版第1刷
        2003年10月20日 初版第29刷
  • 著 者:養老孟司
  • 発行人:佐藤隆信
  • 発行所:株式会社新潮社
  • 装 幀:新潮社装幀室
  • ISBN4-10-610003-7 C0210
  • 総ページ208

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